あめの日散歩ブログ

同人誌の感想を書いていくかもしれないブログ

「ゆとりデカダンス」『Fragile』 圧倒的ボリュームの幽アリ

 

 ふと思い立って同人誌の感想を書いていこうと思い、こうして人生初のブログを立ち上げた。果たして続けていけるのかは一切不明であるがやっていくぞ。

 さて、記念すべき第一作目として感想を書くものはこちら。

 

 ・サークル「ゆとりデカダンス

 ・著者「夏後冬前」氏。

(名前の読み方として「秋さんですか?」という問い合わせがあったようだが、正しくは「かごとうぜん」である)

 ・作品「Fragile」

 

 

 

 まず夏後氏の小説の魅力として、私は台詞回しを挙げる。

 氏が描くキャラ、彼女達の吐く言葉にとても力があるのだ。セリフというのはそのキャラそのものを表す物であるから、小説において大変に重要な役割を担っている。つまりセリフ自体が面白ければその小説も面白いと言っても過言ではないのだが、夏後氏はこのセリフを書く力が非常に高いように見受けられる。それだけでも大変な魅力であろう。

 

 さて、今作はアリスの視点で物語が語られる。唐突に家にやって来た幽香に、自分の葬式でピアノを弾いてくれないかと頼み込まれる所から始まる。

 あまりに唐突な物言いである。当然アリスは断ろうとするのだが、幽香の巧みな言葉遣いに、結局折れてしまう。

 セリフから読み取れる幽香の性格は、まさに独善的で、自己中心的で、傲慢そのものだが、我々が求める幽香像を体現していると言ってもいい。そう、それでこそ幽香だ! と思わずにはいられない。当然、アリスも圧倒的な物言いの前にやられてしまうわけだが、幽香のそういったワガママ(おもちゃ買ってと泣きわめく子供すらもどん引きするほどの)を押し通す彼女は、昨今の融通の利かない現代社会を生きる我々にとっては羨望そのものであり、そここそが彼女の最大の魅力といって相違ないだろう。

 しかし今作の幽香の魅力はそこだけではない。

 アリスに自分の葬式でピアノを弾いて欲しい、と頼み込んだからには、この物語に出てくる幽香は死の淵に立っている。まさにわずかばかり残った蝋燭の火のように、燃え尽きるのを待つばかりの存在として描かれている。

 普段我々は幽香を絶対的な強者として捉えているが、この話ではそういったイメージとは裏腹に、彼女の弱さが表現されている。やがて訪れる死を絶対的に恐怖し、自分が生きた爪痕を何とかして残してやろうとする幽香の姿が、主人公のアリスとのやり取りを通じてはっきりと描かれているのだ。

 自己の欲求を押し通す強さと死を恐怖する弱さ、その二つを持った幽香だからこそ、この物語はどこか可笑しく、そして物悲しさを讃えたものとなっているように思う。

 

 ここまで幽香について書いてきたが、その他のキャラについても触れよう。

 今作最大の曲者として、ドレミーが挙げられる。夏後氏は他作においてもドレミーを書いておられるが、このキャラを書いている時は大変に筆がのっているのだろうと思わずにはいられない。大変に癖が強く、少々原作からのイメージからもかけ離れてしまうかもしれないが、彼女が放つセリフのパワーは凄まじい。圧倒的な物量で相手を押しつぶしてしまうのではないかというほどのセリフは、まさに必見である。

 今作での彼女も、かな~り癖が強く、彼女が放つ言葉はどれもが刺々しい。圧倒的な語彙でマシンガンのごとくアリスに向かって挑発的な言葉を吐き連ねるが、言葉の選び方が大変に秀逸であり、アリスとのやり取りを見せるシーンはとても読み応えがあるものとなっている。

 

 夏後氏の小説の魅力としてもう一つ挙げるとすれば、地の文だろう。

 私は伊藤計劃を大変に敬愛しているが、氏のそれは私以上である。それは作品を読めば一目瞭然であるように思う。伊藤計劃のナイーブでどこか達観している語り口を、まさにトレースしたかのように自分のものにしているのはさすがである。それだけに、地の文から伝わってくる雰囲気は大変に味わい深いものと仕上がっている。

 

 この物語はアリスによって語られている。アリスの視点から事象が捉えられ、アリスの思考によって物語が展開されていくわけであるが、ナイーブでありながらも達観した語り口は、実に良くマッチしていると思う。

 夏後氏は、この話でアリスを徹底して不完全な存在として描いている。

 他者に関心を持つことができない自分。そうした自分をメタ的な視点から捉えることで、「幽香の身体を心配する自分」は果たして心からそうしようとしているのか、それともそうあろうとしているのか、という悩みをアリスが見せていることからも、不完全さを描こうという試みを伺い見ることができる。また阿求や魔理沙といった存在を、対照的なものとして描くことで、さらにアリスの不完全さの影を濃くしようとしているようにも見受けられる。

 つまりはこのアリスは「人形」なのである。「人形」であるから、その語りには何かが欠けている。アリスの視点を通して「死」について描いているがそこには退廃的な印象はあるものの悲壮感は付きまとっていない。何かが欠けているからである。その欠落を表現するにおいて、この語り口はまさに効果的であったろう。

 

 と、ここまであれこれ語ってきたが、ストーリーについてネタバレにならない程度に感想を述べよう。

 夏後氏本人の口からも聞いたが、この話はつまるところ「幽アリ」である。二段組み、298ページもの大容量をふんだんに使った濃密な幽アリだ。この二人のカップリングが好きな人にとってはまさに垂涎ものの内容となっていることは間違いない。

 またカップリングに特に興味がない人にも、上記した内容から楽しめる部分はあるように思う。

 

 不完全なアリスと、死にかけで弱り切った幽香、この二人が織りなす物語はとても不安定で簡単に崩れてしまいそうな印象すらある。そんなバランスを崩そうと躍起になるのがドレミーの存在であり、彼女はこの物語において非常に重要なキーとなっている。

「自分の葬式でピアノを弾いて欲しい」という幽香。そして幽香の言うとおりにしてはならないと忠告してくるドレミー。そうした選択を迫られるアリスが果たして、どういう道を選び出し、どうなっていくのか……。

 興味がある人は読んでみてはいかがだろうか。

 

 

 

 さて、ここからはネタバレありで感想を書こうと思う。というのも、読み終わってからどうしても気になったことがあるからである。

 普段ならば、同人の感想というのは良い点以外については触れないものである。悪い点を書いたところでメリットは何もないからである。

 しかし、夏後氏とは面識があり、他の方の小説について批評を述べ合った仲であるので、ここは書かせて貰うことにした。

 

 

 率直に読み終わった感想として非常にもったいないと感じた。やりたいことは非常によくわかるのだけど、うまくいっていないという印象だった。

 具体的にこの話で気になった点をあげていこう。

 

 ・幽香が自分の葬式でピアノを弾いて欲しいと言った理由、またオリジナル曲を作って欲しいと言った理由がはっきりとしない。

 ・最後のアリスの「幽香」というセリフにどれだけ意味を持たせられるかがこの話のすべてだが、その部分が不十分であったため、読後の感動が薄い。

 ・弾幕勝負のシーン。小説において戦闘シーンは難しく、戦闘の描写そのものよりも、その戦闘にどういった意味があるのかという点を重要視して描かないと退屈なシーンになってしまう。不十分だった印象。

 ・アリスが他者に自分の領域に入ってくる事を嫌う。そこから幽香との交流によって変わっていくのがこの話の主軸であるが、その変化を描き切れていない。特に、変化前の段階を読者にうまく伝えられていないのがもったいない。

 

 

 この中で特に重要だと思われる二つについて詳しく述べる。

 

 ・幽香がアリスにピアノを弾いて欲しいと頼んだ理由。

 

 この話は「私の葬式でピアノを弾いてくれない」と幽香がアリスに語りかけているシーンから始まる。ここで読者を引っ張っていく要素は三つ。

 

 1自分が死ぬと言っている幽香が果たしてどうなってしまうのか

 2幽香からその話をされたアリスはどうするのか

 3なぜピアノを弾いて欲しいと幽香頼み込んだのか

 

 以上の三つの要素で読者を今後の展開に興味を持たせているわけである。上の二つは当然ながら話の中で描かれているわけだが、問題は三つめ。この部分が作中で言及されていないのである。ピアノを弾いてくれない、と頼んでいるからにはそこにはピアノでなければならない理由があるべきなのだ。そこを書いていないのは大きなマイナスである。

 

 

 ・最後のアリスのセリフ。

 

 アリスのあのセリフこそがこの話の一番重要なワードであるわけである。あそこにどれだけに意味を込められるかが、勝負の決め手となるわけであるが、正直物足りない。

 この話は、他者に踏み込まれるのを嫌うアリスが、幽香という存在にずかずかと自分の領域に踏み込まれつつも、やがてそれを受け入れるようになるという成長を描いている。しかし、受け入れた相手は結局存在が消え去り、自分(アリス)だけしか幽香の存在を覚えていない。その状況に寂寥感を覚える終わり方、なのである。

 が、そもそもアリスの成長する前の段階である、「他者に踏み込まれる事を嫌う」というアリスをうまく描けていないため、幽香を受け入れた後のアリスの成長を実感できないのである。まずそこに問題点の一つめが存在している。

 また、どうしてアリスがそこまで幽香に入れ込むのか。幽香を受け入れるようになったきっかけが必ずあるはずなのだが、その部分をうまく読者に示せていないため、アリスに対して感情移入ができない。アリスは幽香の願いを叶えるために必死になるわけであるが、読者はそんなアリスの様子についていけない。ここに問題点の二つめがある。

 

 纏めると、

 ・アリスの成長を実感できない

 ・幽香に入れ込むアリスに感情移入できない

 この二つが大きな問題点であるように思える。

 

 では、どうするべきか。

 アリスの成長が実感できない。

 この点は、アリスの成長前についてうまく描けていないためである。そこを解消するために、まず序盤を少し変える。

 アリスは幽香の身体を心配してすんなり家にあげてしまっている。その部分を、アリスが幽香を無理やりに押し返すような展開にしてみたらどうだろうか。とにかく序盤では幽香という存在を徹底的に受け入れがたい存在として描くことで、後半の幽香のために必死になるアリスという部分の変化を感じられるように思える。

 

 幽香に入れ込むアリスに感情移入できない。

 こちらは単純に何かしらのエピソードを交えて、幽香を受け入れようと思った心情の変化のきっかけを書いてしまえばいい。それだけでもだいぶ違ってくるはず。

 

 

 以上が私が思ったことである。

 もちろん私の言っていることが絶対に正しいとは限らないし、見当外れなことを言っているかもしれないが、少なくとも今現在の私自身が思ったことであるのは間違いない。

 

 この感想を書くにあたりかなり時間を要したが、本人に見せた所、「ありがたい」と言ってくれたのは良かった。

 大抵の作者は感想が来ないと死んでしまうので、できれば多くの人が感想を書いて欲しいと思う。そういう思いもあり、このブログを立ち上げた部分もある。

 いつまで続けられるかはわからないが、やっていくぞ。